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<猫と雑記帳>

〜第一章〜−旅立ち−

作者:仁奈様

さて、ご主人様と私は、今、小さな舟の上だ。
小さな、と言っても、運搬用に使われている物なので、
結構大きい方だ。その舟には、毛布、食糧、服など、
生活に必要なものがたくさん積まれている。
うん?キャンプでもしてるのか、だって?
まさかね。そんな楽しいことじゃないよ。
ご主人様の仕事さ。今回の仕事はかなり、時間がかかる
みたいなので、ね。
ご主人様は、「思い出を売る店」をやっているのさ。
文字通り、人に、その人の思い出を取ってきてあげるんだ。
無論、ただで思い出を売るわけじゃないけどね。
だからと言って、お金で売るとは限らないよ。
ご主人様の心を動かせるものなら、なんでも構わないみたいだ。
そうそう、今回の報酬は、これまた特に変わっていてね。
ほら、そこに立てかけてある絵だよ。
なんでも、「水没する前の街」だそうだ。ご主人様に聞いたんだ。
どうして、こんなもので?ってね、でも、教えてくれないのさ。
それに、今回の仕事内容、誰に、どんな思い出を取ってきてあげるのか、
ってことも少しも教えてくれないんだ。
でもね、この雑記帳で面白いものを見つけたんだ。それが、これさ・・・
 
 
この街に、水が流れ込んでから、もう何年になるだろう。
でも、子供だった私には、どうして、どこから、
水が流れ込んで来たのかは、全くわからなかった。
メインストリートから家の一階まで、水に浸かっていて、
まるで、湖の真中に街が建っているかのようだ。
「道」には馬車の姿はなく、代わりに、舟が行き来している。
そこに、私は、久しぶりに帰って来た。もちろん、舟を使って。
 
ガラン、ガランと古びた戸を押し開けて、自分の家の中に入る。
「ただいま。」
といっても、返事をしてくれる人は、誰もいない。
その代わり、「ニャア」と一鳴き。
猫が出迎えてくれる。
「お久しぶり、元気だった?リン」
この子は、私の唯一の家族で、子供の頃からの友達さ。
でも、私はよく留守にするから放ったらかしになっちゃってるけどね。
「あらら?どうしたの?一体・・・」
リンは私のズボンを噛んだり、足元で、可愛らしい目をして、
私をジッと見る。かと思うと、自分の皿を持ってきて、
空っぽであることを、舐めて、訴えてる。
”何か食べ物頂戴”と。
いつもなら、自分で食べ物を見つけるのだけど、
久しぶりに、私が帰って来たので、甘えてるのかもしれない。
「ちょっと待っててね。今から、バザールに行って来るから。」
バザールとは、市場のことだ。食糧、衣服、舟なんてものまで売っている。
でも、リンの食べ物を買いに行くためだけに、行くんじゃない。
ちょっとした、用事があるんだ。
古びた戸を押し開けると、
目の前から、見慣れた顔の人が舟に乗ってやってくる。
「オーイ、おじさーん!」
私に気づいたのか、手を振ってくれた。
「やぁ、美鈴、久しぶりだね。今帰ってきたのかい?」
「うん、今回は大変だったよ。って、そうだ!ちょっと乗っけてってくれないかな?」
「どこまでだい?」
「バザールまで、遠くないでしょ?」
「あぁ、いいとも。乗せてってやるよ。」
「ありがとう。」
私は舟に飛び乗った。
すると、その勢いで、舟は大きく揺れ、少し、水に飲み込まれた。
風も穏やかで、波一つ立たない。
でも、バザールに近づくにつれ、舟の揺れは、激しくなり、
波も強くなってきた。人々の往来が多いからだ。
子供達から、老人まで、そこでは、たくさんの人達が賑わっている。
遠くから、微かな甘い香りと共に、ある家が近づいてきた。
「あ、おじさん、そこの家の前に止めてもらえる?」
「なんだ、美鈴、その家のばあさんに用事があったのか。」
「まぁね、あ、ありがとう。気をつけてね。」
別れを告げ、私は家の戸を叩いた。
 
「おばあさん、私だけど?美鈴だけど?」
返事は無い。仕方なく、部屋の中に入っていく。
部屋の中は薄暗く、外と違って、時計の針の音が聞こえるほど、静かだ。
中に進むに連れ、微かだった甘い匂いも強さを増してくる。
その匂いの元に辿り着くと、そこでは、老婆が舟の上で、
波に揺られながら眠っていた。
どうやら、匂いは側にある花からのようだ。
「おばあさん、起きて。」
私は耳元で囁き、老婆の体を揺する。
「誰だね、私を起こすのは?」
「私よ、美鈴よ。」
「なんじゃ、お前さんか。」
「頼んでいたものはできてる?」
「えぇ、そこにあるでしょ。」
と、老婆は指を指し、その先には、絵があった。
「じゃあ、代わりに、”思い出”をよろしくね。」
そうして、老婆は手招きをして、私の耳元で囁いた。
「わかったわ、でも、かなり時間がかかるわ。構わない?」
「もちろん、楽しみに待ってるわね」
 
家に着いたときには、辺りはすでに暗くなっていた。
窓から外を眺めていると、おいしそうな香りを乗せた舟がやってきた。
「オーイ、こっちよ。」
 
「適当にお願い、あと、熱燗もね。」
店のおじさんは私の部屋の中の様子に気づいたらしく、
「どこかに行くのかね?」
「えぇ、ちょっと遠くまでね、お仕事でね。」
「ほぅ、そうかい、気をつけてな。」
 
暫く、店のおじさんと談笑していると、
空に、月が高く登っており、その姿が水面に映っている。
「キレイね、こんな景色は、街がこんな風になる前には見れたのかしら。」
私の部屋には、一枚の絵がある。
もちろん、おばあさんに描いて貰った物だ。
それは、まだ水に浸かっていなかった頃のこの街の絵だ。
中には、小さな女の子と男の子が仲良く遊んでいる。
それを、優しく見守る女性がいる。
おばあさんの記憶なのだろうか?
そんなことを考えているうちにすっかり夜も更けてしまった。
「ふぅ、すっかり遅くなっちゃった。おあいそしてくれる?」
「ヘイ、まいどッ!」


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