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トゥーラ年代記

第7章の 14 


 その日、トゥーラ王城の厨房に、一人の官吏の姿があった。
珍しい。普段、料理人以外には、メッセンジャーと、つまみ食いをする
王様しか顔を出さない場所なのに。(それはそれで、問題があるのだが)
 所在なさげに、しかし、決意を秘めた顔で、入り口に立つ官吏。
・・・はっきり言って邪魔だ。人が出入りするたび、ぶつかりそうになる。

 見かねた料理長が、腕をつかんで中に引きずり込む。
緊張で、青ざめる官吏に、椅子に座れとあごで示し、目の前に、大き目の
碗を置いた。縁まで、なみなみと注がれるスープ。
 鳥ベースのようだ。表面に浮く脂が、食欲をそそる。
官吏は、朝から何も食べてないことを、思い出した。
・・・いや、正確には官吏のお腹が、というべきだろう。

 暫く迷った末に、官吏は碗に口をつけた。
・・・美味い! ダシのみと思っていたスープは、薄く塩と香辛料で、
味付けされていた。おそらく胡椒だろう。
 噂には聞いていたが、口に出来るような値段ではない。
美味さに感激し、飲み干したところで、ふと我にかえった。

 飲んでもよかったのだろうか? 請求されたらどうしよう。
給料の何か月分になるやら・・・
恐ろしい考えに、再び青くなる官吏の顔色。
 やや呆れ顔で、料理長が言った。
『ナンだぁ? まだ、足らんのか? 緊張が解けないんなら
もう一杯やってもいいが・・・、料理人の飲む分が、なくなっちまうんだが。』

 慌てて、もう結構と断り、恐る恐る値段を聞く官吏。
その答えは、厨房の外から返ってきた。
『キミの給料、・・・そうだな、5年分くらいかな?』
 ギョッとして入り口を振り返る官吏。その目に、映ったのは、トゥーラ国王
’ザ・2枚舌大魔神’リュード1世陛下その人であった。

『用件を聞こう、君の名前もね。だがその前に、・・・そこは私の指定席だ。
横にずれたまえ。』
 慌てて立ち上がり、さらに顔を青ざめて、わびの言葉をもごもごと発する官吏。
声が裏返っている。
 しかし次の瞬間! その目は見開かれ、口は音が聞こえそうなほど、大きく開けられた。
りゅーさんの頭に、食材を入れた箱の角が当ったのだ。・・・後ろから。
暫く頭を抑えて蹲り、涙目で後ろを振り返るリューさん。

『あ、すんませーん』
 ぶつけた相手は、肩に担いだ箱が視界を邪魔し、相手が誰なのか、
自分が何をやっちゃったのか、まったく気が付いていない様子だった。
 そのまま、蹲るリューさんの横を通り、テーブル横に食材を置き、料理長の
受取サインを貰っている。
 ようやくリューさんが立ち上がった頃には、次の注文を書いたメモを見ながら、
厨房から出て行ったのだった。

 涙目で、料理長と男の後姿を、交互に見る我らがリューさん。
料理長は黙って、スープをテーブルに置き、リューさんを促した。
 ・・・リューさんは、かろうじて自制心を取り戻したようだ。
一人の人間の命が、救われた瞬間である。・・・一杯のスープによって。

 しかし、怒りが完全に消えるはずも無く、・・・当然、その矛先は官吏に
向けられる事となった。
 リューさんの、むすっとした顔を間近に見ながらの会談は、さぞかし胃を刺激した
事だろう。官吏は、スープを用意してくれた料理長に、心の中で感謝を捧げた。
 その官吏、編纂省ラーダ自治局勤務、ディアンは、虚偽の報告をした事を気に病み、
暫く悩んだ末、本日の行動、直訴に踏み切ったのだ。

 その内容は、自分の報告書の真偽を疑われ、一向に受理してもらえない事に苛立ち、
数値を(上司の望むように)、変えて出したと言うものだった。
 それは、ラーダ自治領内の親トゥーラ派の動向で、トゥーラに編入後の数値が
実際よりかなり多く報告されている、というものだった。
 事は、これからの自治政策に大きく影響する。親トゥーラ派の数が十分で無い状態で、
政策を強行すれば、統治そのものを不安定にし、崩壊させかねないからだ。

 官僚主義で、自分の成果しか考えん、能無し上司はとりあえず飛ばすとして、
・・・そのことに気が付き、あえて直訴に来たこの官吏。・・・使える。ニヤソ
 リューさんが、新しいおもちゃ・・・、もとい部下を手に入れた瞬間であった。


次章に続く


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