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トゥーラ年代記

第7章の 27 

「トゥーラの使者が、来ているぞ。」
 会うなり、棟梁猫は言ってのけた。
内心の動揺を抑えつつ、クゥースは聞き返す。
「どういった用件で、こられているのですか? 」
「さあな・・・、あんたはどういう用件なんだ? 」
聞くのは私だ、と、言外に示威した台詞だ。
 ここは棟梁猫の領土。頼み事を持ち込む手前、相手を立てるしかない。

「北部山脈に詳しい案内人を、お借りしたく参上いたしました。」
「ほう、・・・で? 」
 ・・・そう来たか。私が来る事も、その依頼内容もすでに知っているはずだ。
でなければ、トゥーラの使者の事なぞ、持ちださんだろうに。・・・食えぬ奴。
戦だけかと思ったが、存外、為政者としても優秀らしい。
「出来れば4〜5人ほどを、数ヶ月貸していただきたい。」
「目的は?」
「ノーラとの通商の為です。ルートを選定し、安定した・・・」
「何をくれる? 」
 流れるような、クゥースの説明を、棟梁猫の詰問が遮る。
二人の視線が絡み合い、部屋中に、緊張を撒き散らした。

「・・・何も。」
「何?! 」
「何も差し上げられません。土地も、宝物も・・・人も、焔もね。」
 クゥースは、思い切った手に出た。・・・言外に含めるのは、脅しである。
彼はこう言っているのだ。租税を免除し、これまで通りの半自治を約する。
断れば、再び攻める、と。
 見かけ上は、皇帝領の1領土だが、ほとんど独立状態の棟梁猫にとっては
面白くない。
内心の苛立ちを隠そうともせず、彼はこう言ってのけた。
「銭は出せんが、人を差し出せ、・・・か。まるで、王様気取りだな。え? 」

 再び訪れた短い沈黙の後、クゥースが静かに切り出す。
「無論、案内人の方々には、十分な報酬を用意するつもりです。また、北方の
山脈については、われらは不案内ゆえ、何度もお手を煩わせる事となりましょう。
案内の委細は、すべて棟梁猫殿に頼る他、ありません。」
 山地での活動には一切関与しない、との、暗黙の通達だ。
皇帝領の使節に手を出さない限り、棟梁猫は広大な領土を、手に入れる事となる。
・・・生産性は、ゼロに等しい地所ではあるが。

「・・・考えておこう。」
 手で合図をし、部下に、滞在施設を手配するよう伝える。
クゥースを下がらせた後、棟梁猫は思考をめぐらし始めた。
 皇帝狐は、海上通商に力を入れているらしい。
今回の北方探索も、おそらく、海上ルートのチェックの為だろう。
素直に情報を渡すと、陸上の通商が廃れる可能性がある。
逆に、陸上の安全を確保すれば、これはおいしい話になりそうだ。
トゥーラの使者は、厄介者だと思っていたが・・・、使いようによっては、良い駒に
なりそうだ。


 ’中に入る手はずを整えてもいい。’棟梁猫から発せられた言葉に、
トゥーラの使者2人は、信じられない、といった顔を見せた。
ラインハルトと、ゲオルグである。クゥースが、極秘裏にこの砦を訪れていると聞き、
いつ逃げ出そうかと、考えていた所だった。
が、二人への監視は厳重で、チャンスを掴めぬまま、棟梁猫との会見となった。

「代わりに、・・・」
棟梁猫の台詞が続く。顔を見合していた2人は、あわてて棟梁猫に向き直った。
「お前たちが見聞きしてきた事を、俺にも教えてくれや。な? 」
「・・・それが条件、というわけですかな?」
持ち帰る情報はすべて把握させろ、・・・という事か。考えをまとめながら、
ラインハルトが返す。
それには直接答えず、棟梁猫はさらにしゃべる。
「今、クゥースがここにいる。お前らは中に入りたい。俺は皇帝領の1領主だ。」
それだけ言うと、棟梁猫はむっつりと黙り込んだ。

 すぐには決めかねると、逃げを打ったラインハルトに、ではクゥースを呼ぶ、と、
棟梁猫はそっけない。
結局、情報を渡すことを約し、会見を終えた。
「やつは、何で船の情報がほしいんだ? やつの縄張りは、山岳のはずなのに・・・」
ライちゃんが、聞くともなしにつぶやく。
「・・・おそらく、リュードと同じ考えなのだろう。陸上の通商ルートを維持したいんだ。」
ゲオルグが返す。

「・・・はぁ? リューさんが求めてるのは、海上渡航技術だぞ? 」
間の抜けたライちゃんの声。
「それはそうだ、・・・だが、トゥーラが利益を上げるには、国内を通る商人が多いほうが良い。
しかし、皇帝領の航海技術が発達すれば、それが妨げられる。皇帝領の商売の流れが、
海上に移れば、棟梁猫の収入も激減する。・・・利益は、一致してるのさ。」
 ゲオルグの説は、筋が通っている。ライちゃんは、感心しながら台詞を返す。
「・・・では、ここでの滞在は、さほど危険では無くなった。・・・か? 」
「最悪な状況は、回避したと思う。・・・が、用心に越したことは無いな。」
「ふぅむ・・・。」


次章に続く


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